先日、大学の同窓会の案内が来ました。
大学を卒業した頃の自分が今の自分の仕事の様子を見たら、
なんでそんな仕事に!?と思うだろう。
つくづく、人生というのは分からないものだなと思います。
社会人になって20年以上、そろそろ会社員としての終わりも見えてくる。
子どもも「目が離せない」「(物理的に)手が離せない」という時期は過ぎた。
自分、配偶者の健康が気になってくる(血圧とか…脂質異常とか…更年期とか…)。
相続や介護の問題も具体的になってくる。
そんないろんな問題にからまる私たち世代に寄り添ってくれるのが
尾石晴さんのこの本です。
尾石晴さん、Voicyで「学びの引き出しはるラジオ」をいつも聞いています。
尾石晴「学びの引き出しはるラジオ」/ Voicy - 音声プラットフォーム
はるさんは日常のところどころで感じるモヤっとしたことを
すっきりはっきりと言語化してくれるので、
Voicyを聞くといつもなんだか頭がよくなったような気分になります。
在宅での仕事前に、皿洗いなどの家事をしながら聞くことが多いです。
このブログでも、ちょうど1年前にはるさんの著書を取り上げてました。
残り40年どう生きる?「ワーママはるのライフシフト習慣術」 - 薬剤師がマインドマップ風に読んでみた
そんなはるさんの初のエッセイ。
からだのこと、仕事のこと、お金のこと、
子ども・夫婦・親のこと、人づきあいのこと、
これからの私のこと、と女性がからまることを整理しつつ、
はるさんがどう乗り越えたかが書かれています。
どのからまりも、40代女性が首を全速力で縦に振りそうなことばかり。
うんうんうん、とうなずきながら読んでいたのですが、
とある項を読んでいたときに
自分が大学院に進まずに学部卒で就職した理由を思い出しました。
「モヤモヤに耐えられないにからまる」という項です。
白黒つけないモヤモヤたち、上手くいかないこと、
なんとなくひっかかる出来事を「モヤログ」としてためておこう、
という内容です。
似たような内容が過去のはるさんのnoteにもあったので参考まで。
何かに「モヤモヤする」というのは
自分の興味や思考のどこかに引っかかっているということ。
私にも、様々な「モヤモヤ」があります。
でも、おそらく私は子どもの頃から
その「モヤモヤ」を流し続けてきてしまったんですよね。
「ここまでで質問がある人~?」と言われて手を挙げたことがありません。
ちょっとよくわからないことがあるけれど、
そのうち自分で分かるんじゃないかな?と流してしまう。
大人になった今もまた然り。
「モヤモヤ」を意識して、「なぜ」を突き詰めて考えることで
物事を深く考えることができると思うのですが、
「モヤモヤ」を無かったことにして「分かったつもり」「知ってるつもり」に
し続けてしまった。
物事に対して正面から向き合って深く考えてこなかった。
研究というのは何か疑問があって、それを解決するために行うものだと思います。
大学4年生で卒業研究というのがあって、私もやりました。
やりましたけど、特に自ら疑問に思うことはなかったので
教授から与えられたテーマで、言われた通りにやっただけ。
関連する論文や書籍を読むのは楽しかったけど、
自分の知識が広がるのが嬉しかっただけでそこに目的意識はなかった。
研究のおもしろみを感じるだけの能力が自分にはありませんでした。
当時、同級生の半数近くが大学院に進学しました。(薬学部が4年制の頃の話です)
流されて一緒に大学院に行こうかな、
もう少し学生でいたいなと思ったこともあります。
でも研究のおもしろみを感じていない自分が進学してもしんどいな、
授業料だって安くはないし、だったら就職してお金を稼ごうか、
という結論に至りました。
職場で読んでいる日本薬学会の会誌「ファルマシア」で、
「期待の若手」というコーナーがあります。
学会の会誌なので筆者は多くが研究者です。
これを見ると、「モヤモヤ」を放置しない!という思いがあふれ出てくるようで、
とてもまぶしい。まぶしすぎる。
研究者とはかくあるべき、というのがよく分かります。
その点で、私は研究者になる資格が無かった。
そもそもこんな自分が理系と名乗ってよいのだろうか、
薬剤師免許をかろうじて取れたから薬剤師とは名乗っていいよな……と
現在進行形でモヤモヤしています。
このモヤモヤを、そしてこれから感じるモヤモヤを
流さずに、一つ一つ育てていくのがこれからの人生後半戦の目標です。
最後に、はるさんの言葉を紹介。
その「モヤモヤ」はためておけ。あなたの未来につながっている
