「こんな状態ならば生きていたくない」
自分がそう思ったら死なせてほしい。
自分自身のことであればそう思います。
ただ、もし大切な家族にそれを言われたら。
私にはそれを受け止められる自信はありません。
「そんな状態でも生きていてくれるだけで嬉しいの」
と自分の気持ちを前面に出して押し切って断ってしまう気がしてなりません。
一方で「介護疲れ」として報道される事件を見るたびに、
自分がそうならないとは言い切れない、と恐怖を感じます。
我が家の家族のケースでは運よく、本当に運よく施設に入ることができて、
24時間目が離せないという状況ではありませんが、
もしも家で見るしかない状況だったら。
子どもよりも介護を優先せざるを得ない状況が続いたら。
もしくは介護費用がかさんで大変なことになってしまったら。
そんな状況で、
「安楽死」(カナダではMedical Assistance in Dying:MAiDと呼ばれている)
が合法化されていたら、無言の圧力をかけてしまいそうな自分がとても怖いです。
「安楽死が合法化されている国」として有名なのはオランダですが、
欧州以外ではカナダでも合法化されています。
今日紹介するのは、カナダで安楽死が合法化された初期の頃から
安楽死に携わってきた女性医師と、自ら「死」を選んだ患者たちの物語です。
著者は医師のジーン・マーモレオ。
ホームページを見るととっても笑顔が素敵な方です。
というか2019年のボストンマラソンで
75~79歳女子部門で4時間18分というタイムで優勝
とかカヤックでマンハッタンを一周とかただものではない。
この本では彼女が関わった患者、その家族や周囲の人々とのやりとりが
紹介されています。
淡々とした文章だからこそ、患者さんの苦しみや家族の想い、
そして医師の立場から見た想いが伝わってきます。
理想的な旅立ちを迎えられた人もいれば、
間に合わなかった人もいる。
合法化されているカナダであっても、地域や所得による格差や、
緩和ケアが必ずしも十分には行われていないという現状があります。
翻って、現在の日本で安楽死が導入されたらどうなるのでしょうか。
「家族に迷惑をかけてしまうから」
「施設に入れないから」
「お金がかかるから」
「緩和ケアを受けられないから」
自ら安楽死を望むという状況が出てきてしまうのではないでしょうか。
そんなのは患者の「権利」ではなく患者の「義務」です。
自身で「選ぶ」のではなく「選ばざるを得ない」。
そんな最期は嫌です。
終末期医療が誰でも、どこの地域でも十分に受けられて、
施設にも希望のタイミングで入ることができて、
手厚いケアを受けることが確約されている、
患者の権利が尊重された状況で選択肢があるのが理想だとは思います。
ただそれを実現するのは無理。
でも、だからといって安易に安楽死を容認するのは別の話です。
医療費削減という観点だけから日本で安楽死が導入されないことを願うのみです。
この分野はもう少し勉強します!
