本の紹介
天才には輝かしい「光」に満ちた姿と、背面の暗い「影」の表情がある。科学哲学者が新たな歴史事実とエピソードから辿る数奇な運命。
天才の光と影 | 高橋 昌一郎著 | 書籍 | PHP研究所
目次(本書に登場するノーベル賞受賞者たち)
フリッツ・ハーバー/フィリップ・レーナルト/ヨハネス・シュタルク/ニールス・ボーア/オットー・ハーン/ヴェルナー・ハイゼンベルク/マックス・フォン・ラウエ/アルベルト・アインシュタイン/エルヴィン・シュレーディンガー/ポール・ディラック/エンリコ・フェルミ/ヴォルフガング・パウリ/エガス・モニス/ライナス・ポーリング/ウィリアム・ショックレー/ジェームズ・ワトソン/リチャード・ファインマン/ニコラス・ティンバーゲン/ブライアン・ジョセフソン/キャリー・マリス/ジョン・ナッシュ/リュック・モンタニエ/ロジャー・ペンローズ
こんな人におすすめ
・今までとは違った観点で「科学」をみたい人
・伝記好きな人
・映画「オッペンハイマー」とか「インフィニティ無限の愛」とか、
「グッドウィルハンティング」みたいな物理学者とか数学者が主人公の映画が好きな人
この本の推しポイント
「ハーバー・ボッシュ法」のハーバーも一人の人間だったんだ、と認識できる点。
「ノーベル病」という言葉の破壊力。
雑記
日経新聞の書評で紹介されていて、やっと読めました。
23人のノーベル賞受賞者を取り上げて、その栄光と、
背中合わせの「影」をたどった本です。
第1章が「フリッツ・ハーバー」。
ハーバーといえばアンモニア合成の「ハーバー・ボッシュ法」ですよね。
高校化学で出てきます。
この業績でハーバーはノーベル化学賞を授与されています。
ただ問題がその後。
ハーバーは「化学兵器の父」の名前も持っています。
塩素ガスを開発し、第一次世界大戦で使用されて多数の犠牲者を出します。
ハーバーの妻はそれを苦にして拳銃自殺。
それにも関わらずイペリットガス、ツィクロンガスと毒ガス兵器を作り続けます。
自分の妻が自殺した後悔から、
親友のアインシュタイン夫妻が離婚しないよう努力を尽くしたという記載も
アインシュタインの章で出てきますが、
だったらなぜ毒ガスを作り続けたのか。
その理由は「毒ガスで戦争を早く終わらせれば
結果的により多くの無数の人命を救うことができる」でした。
ドイツ人以上にドイツ人になろうとしていたにもかかわらず、
両親がユダヤ人であったためにハーバーはヒトラーに公職追放されてしまいます。
影を作り出してしまった例です。
「ハーバー・ボッシュ法」という言葉、
「イペリットガス」という単語、
第一次世界大戦で毒ガスが使われたという知識はそれぞれ持っていたものの、
フリッツ・ハーバーという一人の人間でその3つが繋がるとは
全く想像していませんでした。
第一章から重すぎて、本を閉じそうになります。
ただ、一人ひとりのエピソードは各10ページ足らずなので
よい意味でライトでちょうどいい分量です。
感情移入しすぎず、事実として受け入れられるギリギリの線かなと思います。
前半は主に戦争で狂わされた人々、
後半は自分から狂ってしまった人々が取り上げられています。
後半で印象的な言葉が「ノーベル病」。
本書では
ノーベル賞受賞者が「万能感」を抱くことによって、専門外で奇妙な発言をするようになる症状
とされています。
有名なのはビタミンC大量療法を妄信したライナス・ポーリングでしょうか。
著名な科学者であっても一人の人間であること、
そして著名な科学者になれるだけの抜きんでた才能を持つだけに、
それが意図しない方向を向いてしまうとここまで闇落ちしてしまうのか、
そしてノーベル賞というのは単に優れた業績に与えられる賞ではなく、
そのご時世に最も政治的にふさわしい人に与えられる賞である、
というのが端的によくわかる本です。
個人的なおすすめは第17章のジェームズ・ワトソン、
第22章のジョン・ナッシュ。
それにしても、偉大な科学者はどこから闇に落ちてしまうのでしょうか。
何かきっかけがあるのか、徐々に徐々に引き込まれてしまうのか。
巻末にノーベル化学賞・物理学賞・生理学医学賞の歴代受賞者の年表がついてます。
私のような世界史音痴のために、
世界史の主だったできごとも一緒に記載してくれるとよかったなと思います。
第一次世界大戦って何年だっけ?って調べちゃったよ!
今年の更新はこれが最後になる予定です。
よい年をお迎えください。