タイトルに異議あり「文系出身の編集者でも理解できてしまった薬物速度論」

 

悲しいかな、学生時代は薬物動態は苦手でした。

しかし卒業して社会に出たら苦手なんてことは言ってられず。

もっと学生時代に勉強しとけばよかった、と何度思ったか。

 

文系出身の方でも理解できるならば仮にも薬学部卒の私であれば何とか理解できるんじゃないかと大いに期待させるタイトル。

いや、それを狙ったタイトルですよね。

 

期待して読み始めたのですよ。

 

しかし目次の最初からいきなり「1-コンパートメントモデル」と説明もなく出てくることに嫌な予感がします。

 

ページを進めていくと嫌な予感的中。

説明のない専門用語、羅列される数式。

 

いや、これ文系出身の編集者さんは本当に理解できたの?!「当社の文系出身編集者が思わず膝を打つ!テキスト」ってほんと?

京都廣川書店の編集者さんだから、なのか?!

 

落ち着いて読み進めると混乱の訳がわかりました。

「文系出身の編集者にも理解できてしまった」という言葉から、私は勝手に「数式を使わない」と脳内で変換してしまっていたのですが、

「文系出身の編集者であっても」「数式を使って」「薬物速度論を理解できるように」というコンセプトだったようです。

 

上記のギャップを乗り越えて、1章1章、じっくりと読んでいけば大丈夫。確かに理解できます。

タイトルにミスリードがある気がしますが、そのミスリードにはまらなければ読みやすい本です。

 

私のようにそもそも薬物動態がだいぶ怪しい人は↓のような初歩の初歩が書いてある書籍から入ったほうがよいかも。

私の若かりし頃の愛読本です。数式はごく少なめ。

 

 

薬剤師は街のサイエンスコミュニケーター? 「桝太一が聞く 科学の伝え方」

 

 

薬剤師の役割の中で大切なこととして、くすりに関する科学的な内容をかみくだいて患者さんに伝える、そしてくすりを正しく使うという行動に移してもらうということがあると私は思っています。

その観点では、薬剤師の仕事とはある意味サイエンスコミュニケーターとも言えないでしょうか。

 

この本はアナウンサーからサイエンスコミュニケーション研究に転身された桝太一さんと山中伸弥先生をはじめとする著名な科学者の1on1の対談を7つ収録したものです。

各対談は10ページくらい、それぞれサイエンスコミュニケーションとは何か、というテーマで対話がされています。

専門分野のことを語っているわけではなく、どんな風に科学のおもしろさを伝えていくか、という観点で対談されてるのでテレビのインタビューを見てる感じで読み進められます。

そしてそれぞれの対談で、印象に残る箇所がそこかしこに出てきます。

 

例えば国立科学博物館の館長の篠田先生との対談では「世の中はわからないことばかりです。そこをいかに説明するかが難しい」という言葉が出てきます。

くすりに関して、薬理作用だけ見てもはっきりと薬理作用が解明されているくすりがどれだけあるか。副作用の発現機序が判明しているものがどれだけあるか。

調べれば調べるほど、わかっていることのほうが少ないのではという気がします。

「機序不明」のひとことをどのように説明して、納得してくすりを使ってもらうか、まさにサイエンスコミュニケーションではないでしょうか。

 

また、サイエンスライター佐藤健太郎氏との対談では小説家・医師の海堂尊さんのエピソードが出てきます。

「医師というのは人の心と向き合い続ける職業であるため、客観的な物事の見方をする理系の感覚よりも文系的な感覚が大切だと(海堂氏が)おっしゃっていた」とあります。

くすりを使うのは人間であり、頭で納得しても最終的に心が納得しないと行動には移せない、その背中を押してあげるのも薬剤師の仕事かなと思います。

 

薬剤師として自分がもつ専門知識をどのように伝えて、どのように行動までもっていくのかという点を考えさせられる1冊でした。

 

ただ、東京化学同人という出版社だからこそかもしれないですが、表紙が地味すぎませんかね。

もうちょい化学式入れるとか、結晶のきれいな写真載せるとか、華やかにできなかったんだろうか。

 

これまた日本薬学会の「ファルマシア」に書評が載ってたのでリンク貼っときます。

桝太一が聞く 科学の伝え方

なんだかこの前の「禁断の植物園」といい、ファルマシアと気が合うな…

 

 

「斉」と「斎」は別の字 「校閲記者の目」

 

 

新年あけましておめでとうございます。

今年はより一層多読していきたいと思います。

1週間に1冊ずつくらいのペースでアウトプットできればいいなあ。

 

私は業務上、他の方が書いた文章の誤字脱字や構成チェックをする機会が多くあります。

誤字脱字等、直しているはずなのに後から見逃しに気づいて凹むのがしばしばあります。

そんななか、Twitter毎日新聞校閲グループさんが発信されてるのを興味深く見ていました。

そんな毎日新聞校閲グループさんの書籍です。

 

校閲」とは何か?に関しては著者紹介の項がわかりやすかったです。

原則として広告などを除く全紙面について記事のチェックをしており、いわば新聞の「品質管理部門」。主に原稿との照合や字句の誤りを正す「校」の部分と、原稿の事実関係や内容に踏み込んで精査する「閲」の部分とがある(以下略)

 

どうしたら誤字脱字や文章の誤りを見つけられるようになるの?という疑問がまずあったのですが、第一章で答えがありました。

  • 一文字一文字見る:文字の横に線を引いたり文字を丸で囲んだりしながら
  • 複数の箇所を見比べる:矛盾がないか複数の箇所を見比べたりする
  • 数字や固有名詞の誤りは致命的

「読む」のではなくて「見る」んですね。

誤字脱字を見逃した時の悔やむ言葉が「しまった、読んじゃった」だって。

私とは文章の確認方法の根幹がまず異なっていたことがわかりました。

 

そのあとに私をどん底に叩き落とした文章が、これ。

たとえ、99ヵ所直すことができても、一生懸命調べて大きな誤りを直したとしても、たった1ヵ所見逃して、たった1ヵ所誤りかおかしな表現が紙面化され、それが読者の目に触れることになれば…それは99点ではなく、0点です。(中略)誤りが一つでもあれば、それだけで欠陥と映るからです。

 

私は新聞を作ってるわけではないから100点を取る必要はないのかもしれない。

誤字が1ヵ所あったところで、肝心の伝えたい内容が伝わればそれでいいのかもしれない。

でも、誤字が1ヵ所あることが、もしかしたら少しだけでも読者の情報伝達や情報理解の妨げになってしまっているかもしれない。

だったら100点の文章を目指したい。

(そもそも仕事ならば会社の名前を背負ってる文章だから100点であるべきなのですが…)

気を引き締めて仕事しろ!と新年からこの本が気合を入れてくれたような気がします。

 

そしてこの本で何が一番びっくりしたかって、

「斎藤」を省略した字が「斉藤」じゃないということ。

「斉」の旧字体は「齊」で、音読みは「セイ」。「一斉」「斉唱」などと使う。

「斎」の旧字体は「齋」で、音読みは「サイ」。「書斎」など。

 

たぶん何人か年賀状間違えて送っちゃったな…

漢字って難しい。

 

 

口の中のアレも感染症「マンガでわかる感染症のしくみ事典」

 

 

DU(だいたいうんこ)でおなじみ、忽那先生監修の書籍。

「マンガでわかる」と言いつつ、文字がかなり多めです。

ただ57種の感染症を1疾患につき見開き2ページ、基本的にはどの疾患も同じ構成で記載されてるのですごく読みやすい。

麻疹やインフルエンザといった誰もが知るメジャーな感染症から、ジカ熱やSFTSのようなニュースになった感染症トキソプラズマのような知名度はあまり高くないけれど重要度が高い感染症とまんべんなく網羅されています。

中学生でも読めそうな平易な文章だけど、必要な疾患がわかりやすくまとまってるので薬剤師でも十分に読む価値はあると思う!

ジカ熱とかツツガムシ病とかあまり身近にない感染症だと病原体とか感染経路とかあやふやになりがちじゃないですかね。

リケッチアって何?って聞かれたら私だったら「ちょっと待ってね」となりそうです。

そんなあやふや感染症を整理するのにとてもよい本。

 

そして57種の感染症の中でこれも感染症か!と私が思わされたのが多くの人は一度はかかったことがあるであろう、「虫歯」でした。

乳児は大人と箸の共有はダメよ、とか言われますもんね。認識していなかったけれど、れっきとした感染症でした。

 

忽那先生の「だいたいうんこ」は以下リンクより。

「だいたいウンコになる」抗菌薬にご用心!:Aナーシング

こんな授業を受けてみたかった「禁断の植物園」

 

以前「禁断の毒草事典」を紹介しました。

https://pharmacistreading.hatenablog.jp/entry/2023/11/27/180027

 

本屋で本当は今回紹介する「禁断の植物園」を探していたのに、たまたま隣に置いてあった「禁断の毒草事典」を先に手に取ってしまったんです(ピカピカ光ってたから)。

 

「禁断の毒草事典」は実用性はあまりない、でも持ってるだけでなんだか優越感に浸れるような本でした。

それに対してこちらの「禁断の植物園」はおどろおどろしいタイトルとは裏腹に、中身は実直。

薬学部1年生の時に薬草園実習ってどこの大学でもきっとやりますよね?

この本は実習生が植物園を案内されながら担当の先生にその植物が作り出すアルカロイドとか、薬効とかを説明されてる、その話し言葉をそのまま本にしたような内容です。

愛犬家殺人事件とか、実際にその植物が関連した事件を盛り込んであるのがいかにもそれっぽい。

写真でなく、必要最低限の植物画しか入れてないのはあえての選択なんでしょうね。

 

学生時代に薬用植物学とか生薬学とか大好きだった人にはおすすめ。

 

日本薬学会のファルマシアに書評が載ってましたのでリンク貼っておきます。

www.jstage.jst.go.jp

ドーピングが気になる「我が友、スミス」

 

 

タイトルだけ見たら、なんか友情ものかなと思いますよね。

まさかのボディビルを扱った小説です。

しかも表紙からは分かりづらいけど、主人公は女性。

筋肉の美しさを競う、女性らしさからは程遠いと思われがちなボディビルが、実はミスコンよりも女性らしさを求められるとかいろいろ考えさせられるところがあります。

ちょこザップ通い始めた、とかのタイミングがあれば是非読んでほしいです。

 

というのは置いといて、スポーツものということでドーピングの話題が出てくるんです。

「YYGなるステロイドの使用を認めた」

「YYGは去年まではうちの大会でもOKだった」

「(ステロイドを使った選手について)見る人が見れば、わかるのよ」

などの記述があります。

去年までは認められていた薬物が今年からはダメになる、これはドーピング界隈ではちょいちょいありますよね。

ステロイド」違いですが、近年だと糖質コルチコイドの口腔内局所使用が競技会では禁止になった、なんてこともありました。

 

ドーピングによって作り出された筋肉を「見る人が見ればわかる」とは?

本書では

筋肉が「ちょっと水っぽかった」

「クリーンな」筋肉は、どちらかというと「ドライな」質感だという

という表現がされています。

 

知り合いのボディビルダー(男性)に聞いてみたところ、

「水っぽいっていうのはよくわからないけど、確かに見る人が見れば分かる。

見分けるポイントがいくつかあって、『バブルガット』と呼ばれるおなかがぽっこり出てるような人とか」

だそう。

ただしバブルガットが必ずしもドーピングによって起こるわけではないそうです。

 

また、ボディビルの団体の中にはドーピング絶対禁止のところと黙認されてるところがあることも教えてもらいました。

 

スポーツファーマシストの資格を持っているくせに、お恥ずかしながらドーピングというと忌むべきもの、避けるべきものという認識しかしていませんでした。

だからドーピング黙認のボディビル大会があるなんて!と驚きましたが、何に重点を置くかで見方はいくらでも変わる、それを改めて認識した次第です。

 

各競技のルールを理解したうえで、健康を害さないように競技を続けていけるようなサポートをする、また持病があっても競技を続けていけるようにサポートをするのが今後求められるスポーツファーマシストの役割かなと思います。

 

 

魔除けになる?「泣く子も黙る感染対策」

 

感染対策のスペシャリスト、坂本史衣先生の2023年の新刊。

内容としてはJ-IDEO誌に2017年から5年にわたって連載された内容に加筆・修正を加えたものとあります。

そのため、終盤では新型コロナへの対応にからめて、パンデミックにおける職業感染予防、日常と非日常をつなぐ医療関連感染予防・制御の体制などが章立てられています。

 

単純な「○○の消毒には◇◇を使いましょう」というような本では全く無く、「感染対策チームが到達したいと考える理想的な未来」を実現するための組織作りを述べた本。

正直、ちょろっと感染対策をかじったくらいの身には読み進めるのが難しい。

でも少しずつでも、今読み進めるべき1冊と思います。

 

「コラム 感染症業界ここがアカンやろ!」はおそらく坂本先生にしか書けない内容であり、この部分だけでもきっと読む価値があります。

 

コロナ真っ盛りの頃、坂本先生のTwitterでの発信にどれだけ勇気づけられたか。

家の中にこもりきり、公園にも行けない子供たちに悶々としていた頃、坂本先生の「子供たちよ、外で遊べ」(うろ覚え)の発信にどれだけほっとしたか。

 

何より表紙の迫力がすごすぎる。

職場に表紙を見せて置いておいたら魔除けになりそうな気がします(失礼)。